優生思想とは?出生前診断の問題やナチスの歴史を踏まえて説明します




出生前診断をご存知でしょうか?

出生前診断とは、お腹の赤ちゃんに先天性異常があるか否か調べる技術のことを言います。先天性異常と書きましたが、実際はダウン症を指す場合が非常に多いです。

出生前診断は、思っている以上に非常に身近な問題です。将来赤ちゃんができたとき、必ず「受診するか否か」「障害があった場合、産むか否か」の決断を迫られることになります

出生前診断でお腹の赤ちゃんに異常があることが分かると、中絶することを選ぶ人が多くいます(障害を理由に中絶することを「選択的中絶」といいます。)。そのため、出生前診断は「命の選別」を行う技術である。と、倫理的な観点から批判する人が多くいます。

出生前診断は「命の選別」を行う技術である。と批判するときに頻繁に持ち出される言葉に、「優生思想」という言葉があります。「出生前診断は優生思想だ!ナチスの思想だ!」という批判です。相模原殺傷事件が起きた際も、「優生思想だ!彼はナチスの思想の持主だ!」という批判を目にしました。

しかし、どうも「優生思想」という言葉だけが一人歩きし、その言葉の意味や背景を理解して使っている人が少ない印象を受けます。

この記事は、「優生思想」という言葉の意味や背景、出生前診断の問題点を分かりやすく説明するものです。言葉だけが一人歩きし、問題の本質を理解している人が少ないのではないか、と感じるためです。

歴史を追って説明します。まずは、戦前のイギリスまで時を遡ります。




1.優生学の誕生

「優生思想」の前に、まずは「優生学」について説明する必要があります。

優生学という概念は、1883年にイギリス人のゴルトンという人物が提唱しました。ゴルトンは、優生学を「人種の正得的(=先天的)質の改良」を目指す学問と定義しました。ゴルトンは様々な家系のデータを集め、良い形質を持つ人間にはどのような特徴があるのか調べました。優生学は、統計学の手法を用いて良い遺伝的資質を探し出す「科学」として提唱されたのです。

ゴルトンは『種の起源』で有名なダーウィンのいとこです。『種の起源』には、「自然選択」という概念があります。「動物の世界では、環境からの圧力によって、優れた遺伝的特徴を持つものが自然と生き延びていく」という概念です。この概念は、優生学と切っても切れない関係にあります。

優生学者の多くは、「福祉の発達によって、自然選択により淘汰されるはずの弱者が生き延びてしまうこと」に危機感を覚えていました。弱者が増えると、人間の正得的質は悪くなりますし、福祉コストも増していくからです。この現象のことを「逆淘汰現象」といいます。

優生学は、「逆淘汰現象」を防ぐための科学です。その手法として遺伝の理論を十分に解明しようとしたのです。

2.国家による優生政策

優生学の説明を見て、「とんでもない科学」だと思った人もいると思いますが、この科学は様々な国に支援されていきます。そして、優生学の発想に基づいた「優生政策」を多くの国が行うようになりました。

その端緒が、1907年アメリカで制定された断種法です。精神障害者などに対して、強制的に子どもが産めないよう手術することが可能になりました。

この断種法は、内容に多少の違いはありますが、第二次世界大戦前に、デンマーク、スウェーデン、ノルウェー、フィンランドなどの北欧諸国、スイス、エストニア、ドイツ、そして日本などで制定されました。

意外かもしれませんが、当時から福祉国家として有名であった北欧諸国の国々は断種法を制定しています。しかし、これは当然の成り行きなのです。なぜなら、優生学は「逆淘汰現象」を防ぐ学問だからです。つまり、優生政策によって弱者の数を減らし、財政に余裕を生むことによって、より充実した福祉サービスを提供できるようになると考えたわけです。

3.優生学はナチスの思想か

「優生思想はナチスの思想だ!」とよく言われます。そこで、ナチスの政策について詳しく見ていきます。

ナチスがホロコーストをはじめとした「人種政策」を行ったことは常識ですが、1939年に精神障害者などに対する安楽死計画を行ったことはご存知でしょうか?

弱者に対する安楽死計画は弱者を「減らす」政策であって、優生政策だと思われがちです。しかし、当時の優生学者の中にはこれに命懸けで反対するものが多くいました。

なぜなら、優生学が目指すところは「弱者が生まれないようにすること」であって「抹殺すること」ではなかったからです。例えば、フレッツという優生学者はこう述べています。

「もし不治の病をもつ子どもの抹殺が解禁されれば、社会秩序の根源的な基盤である、個々人の生命に対する畏怖の念が著しく損なわれてしまう。」

また、ホロコーストなどの人種政策と優生政策は一線を画すものです。「民族間の混血が進むことは、優生学的に見て良いことだ」と考えた優生学者はたくさんいたからです。

さらに言うと、優生学者の多くは戦争に反対していました。なぜなら、戦争は「逆淘汰現象」を引き起こす最大の原因だからです。つまり、戦争は健康な肉体を持つ若者をたくさん死なせる行いであり、優生学にとって「最悪の事態」なのです。そのため、優生学者には反戦主義者が非常に多かったのです。

以上から、優生学とナチスの政策を簡単に同視すべきではない。と、私は強く主張します。

4.優生学とナチスを同視すべきではない理由

「優生学とナチスの政策を簡単に同視すべきではない」という主張に、反感を持った人がいるかと思います。「この人はナチスの信奉者なのか」、と。

そこは明確に否定しておきます。ナチスの信奉者だからではなく、それ相応の理由があって主張しているのです。

1つ目の理由は、「優生学(優生思想)=ナチス」という図式を簡単に用いてしまうことによって、多くの歴史的事実が見落とされてしまうからです。これまで説明してきたように、優生政策は決してナチスの専売特許ではありません。また、戦争などのある種異常事態にのみ起こるものではなく、現在の民主主義福祉国家でも起こる(起きている)可能性に満ちているのです(それが「出生前診断」の問題です)。

2つ目の理由は、「優生学(優生政策)=人種主義」という間違った認識を植え付けることになるからです。両者に一定の結びつきがあることは否定しませんが、少なくともイコールではありません。「出生前診断は優生思想だ!ナチスの思想だ!」という批判がありますが、少なくとも出生前診断は人種主義とは関係ありません。

「ナチス」という言葉は「悪の代名詞」です。なので、相手を否定したいときにこの言葉を用いるのは非常に「楽」で「効果的」です。なぜなら、相手が少しでも「出生前診断はナチスとは違う!」とでも主張しようものなら、「お前はナチスを擁護するつもりなのか!」と論点をずらすことができるからです。

「ナチス」という「悪の代名詞」を持ち出されると、問題の本質が覆い隠さてしまうことに注意しなければいけません。安倍政権に対する批判などで「ナチス政権」を持ち出す人がいますが、私は「ナチス政権」という言葉を軽はずみに使う人は信用しないことにしています。彼らは「負の切り札」を持ち出すことで議論をうやむやにしたいに過ぎないからです。

5.日本の優生政策

「優生学(優生思想)=ナチス」という図式からは、戦後社会からは優生政策がなくなったかのような印象を受けますが、これも大きな間違いです。

戦後も引き続き優生政策を行った国はたくさんありますが、その例として日本を見ていきます。なぜなら、日本の優生政策は戦後むしろ強化されたからです。

日本は、1940年に制定した国民優生法を元に、1948年に優生保護法を制定します。この法の第1条は「この法律は、優生上の見地から不良な子孫の出生を予防するとともに、母体の生命健康を保護することを目的とする」です。この法は強制的な不妊手術を行える場合を規定しており、強制不妊手術は1万6500件に及んだとされています。

また、この法律は「中絶」が許される条件を示した法律でもあります。勘違いされがちですが、日本は刑法に「堕胎罪」があり、原則として中絶が禁止されている国です。この優生保護法(現在は母体保護法)が、堕胎罪のいわば「逃げ道」として機能しているのです。

6.優生政策の衰退

人権思想が成熟し、優生政策が人権侵害にあたるという認識が世界的に広がります。ここに至るまでの経緯は様々ありますが、大きな端緒として、1950年代~60年代の公民権運動が挙げられることが多いです。

また、日本では障害者団体などの活動もあり、1996年に優生保護法が母体保護法に変更されました。この変更に伴い、強制不妊手術などに関する条項は削除されます。

こうして、目に見える明らかな優生政策は衰退していきました。

7.出生前診断と優生思想

しかし、「優生」的な問題が解決されたわけではありません。21世紀を迎えた今日においては、もっと分かりにくい形で優生的事態が起こっています。

それが出生前診断の問題です。

思い出してほしいのは、優生学の目指すところが「弱者が生まれないようにすること」にあったことです。出生前診断は、まさにそれを実現する技術なのです。事実、優生学者たちは戦前から、出生前診断のような技術を夢見ていました。

出生前診断の結果、胎児に異常があることが分かると中絶する人が多いことはすでに述べました。「異常を理由」に中絶を選ぶ以上、それは明確な「命の選別」であって、優生学的見地に基づく思想(=優生思想)の発露と言えるのです。

8.出生前診断は優生学とは異なるという主張

しかし、出生前診断はかつての優生政策とは異なるものだ。と主張する人も多くいます。

代表表的な理由は、概ねこうです。すなわち、かつての優生政策は「国」が「強制的」に個人の生殖の自由に介入することによって人権侵害を起こしたことに問題があるが、出生前診断は「個人」が「自発的」に受けるものである、と。

こうした主張は、自由主義の立場に立脚した主張です。個人がよく考えて出生前診断を受けることを選択し、その選択が公共の福祉に反さないのであれば、誰もこの技術を禁止することはできないのです。

また、かつての優生学者は人間の形質を改善することを明確に「意図」していましたが、出生前診断を受けるカップルは優生的な目的を持っているわけではありません。出生前診断を受ける人はただ「安心して」「健康な子ども」を生みたいだけであって、「人間の形質の改善」など考えているわけがないからです。

9.8の主張に対する反論

当然、これらの主張に対する批判も多くあります。

まず、出生前診断を受けることや中絶を選ぶことが「真に自発的」な選択と言えるのか、疑問です。なぜなら、国家が豊かでなかったり、障害者に対する差別がある場合、障害児を育てにくい環境にあり、中絶を選ばざるを得なかった可能性があるからです

事実、日本には異常が見つかれば中絶を当然視する医者が多くいるようです。このような状況では、女性の決定が「真に自発的」といえるものか怪しい。

また、出生前診断が優生的な目的で行われるものでないとしても、障害者にとって脅威な技術であることに変わりはありません。障害を理由に中絶をする人がいる以上、その障害を持つ人にとっては、「障害を持っていると、生きていてはいけない」と突き付けられることになるからです。

10.内なる優生思想とは

出生前診断について述べるとき、「優生思想」という言葉ではなく、意図的に「内なる優生思想」という言葉を用いることがあります。最近では、新聞などで目にする機会も増えました。「内なる」と言われる背景は、概ね以下です。

出生前診断は「国」が「強制的」に行うものではなく、「個人」が「自発的」に受けるものでした。つまり、個人個人が自己決定を積み上げた結果として選択的中絶という優生的事態が起きるのであれば、人間の「内」面に、「無意識的」に優生思想が存在することになるのです。それを強調するために、「内なる優生思想」という言葉が使われます。

11.「内なる優生思想」が発露しない社会を

出生前診断に反対する人の中には、「内なる優生思想と戦うべきだ!」と主張する人も少なくありません。つまり、人の心から「優生思想」が消えるよう、知的な試みをしようではないか、という主張です。

しかし、これではただの精神論であって、実際には何も解決しないと思います。「健康な子どもが欲しい」と(無意識的に)願ってしまうことすら否定されるのであれば、「内なる優生思想」が人の心から完全に消え去る日はこないでしょう。

また、出生前診断が建前上であっても「自発的」に受診されるものである以上、自由主義の観点から、出生前診断を完全に禁止することはもはや不可能です。第一、出生前診断を禁止してしまうと、それこそが生殖の自由を侵害することになります。「生まない権利」の侵害です。

それならば、人の心に「内なる優生思想」が存在することを認めたうえで、それが発露しにくいような社会体制を作り上げる方がよっぽど現実的です。例えば、障害者に対する差別の少ない国にする、医療現場の環境を整える等です。

出生前診断は、「異常を理由」に中絶することだけが目的の技術ではありません。胎児の疾患を母体内にいるうちに発見することで治療に備えたり、お産に備える意味もあるのです。当然ですが、胎児に異常があることが分かった場合でも、赤ちゃんを産むことを決める人も少なくありません。

問題の本質は出生前診断という技術そのものにあるのではなく、障害児を生むことが難しい社会体制にあるのです。

最後に

再三ですが、出生前診断は思っている以上に身近な問題です。

「受けるか否か」「産むか否か」。自分では決めかねて、ネット記事など様々な情報に触れることもあるでしょう。その際、おそらく「優生思想」「ナチス」などの単語を目にすることもあるかと思いますが、言葉の意味を理解して使っている人がどれだけいるか疑問ですので、注意してください。

出生前診断の問題に直面したとき、「優生思想」について正しく理解していることで、より良い選択ができることを願います。

おわり。

参考文献

金森修(2005)『遺伝子改造』

坂井律子(1999)『ルポルタージュ出生前診断』

桜井徹(2007)『リベラル優生主義と正義』

玉井真理子、渡部麻衣子(2014)『出生前診断とわたしたちー「新型出生前診断(NIPT)が問いかけるもの』

森岡正博(2001)『生命学に何ができるかー脳死・フェミニズム・優生思想』

米本昌平・松原洋子・橳島次郎・市野川容考(2000)『優生学と人間社会』

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