あなたのことを嫌う一人だけを見て世界を嫌いにならないでほしい

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中学1年生のころ、私はクラスのリーダー格の女子から目の敵にされており、大変肩身の狭い思いをしてきた。私はその1人を憎むあまり、「クラスのやつらは全員嫌なやつだ」と決めつけるようになった。

歳を重ね、「1人だけを見て世界を判断する」のは行き過ぎた思考で、間違いであることに気づきましたが、やはり弱い自分が姿を見せてしまうときもある。

最近、ある出来事がきっかけで、「私を嫌う1人だけを見て世界を嫌いになる」ぎりぎりのところまでいってしまいました。

でも、それはやっぱり間違いだと思ったので、その心の葛藤の様子を記録しておきます。

ある出来事

上の記事に対して、とあるブロガーが「こんな記事はゴミだ」という内容の記事を投稿しました(※昨日、私が投稿した記事内で触れたブロガーは一切関係ありません)。

その人のところまで通知がいってしまうと嫌なので、その記事は引用しませんし、誰なのかも説明しません。話の主題には関係がないからです。

私はこの人を嫌うあまりに、「はてなブログにはこういうやつしかいない」と決めつけ、はてなブログ全体のことが嫌いになりかけていました。

さらに言うと、「ブロガーってこういうやつばっかりなのか」と思い込んでいまい、ブログそのものが嫌いになりかけていました。ブログをやめることさえ一瞬脳裏によぎったくらいです。

しかし、ある記事がきっかけで、「その思考は行き過ぎて、間違っている」ことに気づかされました。

 

 

10人に1人は絶対にあなたを嫌う

その記事は、これです。

私自身がけっこう前に書いた記事です。昔書いた記事なので至らぬ点はたくさんありますが、この記事に救われました。私は「自分のために」ブログを書いていますから、自分の記事で自分が救われるのはある意味当然のことなのです。

この記事の中で、『嫌われる勇気』という本に書かれている一節を引用しています。とても大切な一節なので、ここでも引用します(※赤字は私がつけたもの)。

ユダヤ教の教えに、こんな話があります。「10人の人がいるとしたら、そのうち1人はどんなことがあってもあなたを批判する。あなたを嫌ってくるし、こちらもその人のことを好きになれない。そして10人のうち2人は、互いにすべてを受け入れあえる親友になれる。残りの7人は、どちらでもない人々だ」と。

 このとき、あなたを嫌う1人に注目するのか。それともあなたのことが好きな2人にフォーカスをあてるのか。あるいは、その他大勢である7人に注目するのか。人生の調和を欠いた人は、嫌いな1人だけを見て「世界」を判断してしまいます。

私はまさに「嫌いな1人だけを見て世界を判断している状況」に陥っていました。人生の調和を欠いた状態だったのです。

私はこの記事の中で、この一節を引用した上で以下のような主張をしています。

すべての人間が違う人間である以上、絶対に10人に1人はあなたのことを嫌います。だから、その人のことで頭を悩ませるのは心の無駄遣いです。あなたのことを嫌う1人より、あなたのことを好いてくれる人たちのことを大切にしましょう。

 

 

好いてくれる人たちに目を

自分でこんなことを書いておきながら、全く実践できていませんでした。

確かにあの記事は各所から攻撃されました。でも、それ以上に、「参考にします!」という意味合いを込めてブクマをつけてくれた人が多くいるはずなのです。

あの記事のブクマの内8割は無言のブクマでした。その人たちは、今後新しい音楽を聞くときの参考にするためにブクマをつけてくれた可能性が大いにあります。

私の書いた記事で新しい音楽を聞いてくれる人がいるかもしれないのです。その音楽がきっかけで人生が変わる人だって、万に一ついるかもしれない。それって、とっても素敵なことだと思うんです。

それなのに私は、私のことを嫌う1割の人たちにばかり注目して、なんとか反論しようと試みたり、病んでいることをTwitterでアピールしたりしていたのです。

私は、なんて無駄な時間を過ごしていたのでしょうか。

私がするべきことは、私のことを嫌う1割の人間のために心を無駄遣いすることではなく、好いてくれる人のため、良い記事を書くことだったのです。

 

 

今後は動じない

はじめてのバズで、しかも他のブロガーから言及されたこともあって動揺してしまいましたが、今後は絶対に動じません。

今後、またバズることがあったとして、嫌な思いをしたとしても、絶対に過剰反応はしません。「1人の人間を見て世界を嫌いになる」ような愚かなことはしたくないからです。

私がすべきことは「応援してくれる人の声」を聞くことです。

「中傷」はその存在感が大きいので、まるでそれが全てであるかのような錯覚を起こしてしまいます。

しかし、それは違うのです。「1人だけを見て世界を判断する」ような行き過ぎた思考に陥らない限りは、必ず応援してくれる人たちの声に気づけるはずです。

 

 

まとめ

本当はもっと愚痴と棘だらけの記事を投稿する予定で、その記事はほとんど完成していました。

でも、投稿する直前に「これは違うな」と思い、そちらの記事は破棄し、この記事を完成させました。

今はとても心が晴れています。

やっぱり、せっかくブログを書くなら「前向き」な記事を書いていきたいし、好いてくれる人たち、ポジティブな人たちに向けてブログを書いていきたい。私のことを嫌う人のことなど、はじめからスルーすればよかったのです。

連日、過ぎた話題を蒸し返すような記事を投稿してしまい、大変申し訳ありませんでした。それほど悩んでいたのです。

しかし!次回からは通常運転に戻していきます!

今後は、「私のことを嫌う1人を見て世界を判断する」ような愚かな真似はしないと、誓います。

これからも前向きに良い記事をたくさん書いていきますので、よろしければ今後もお付き合いください。

 

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おわり。